今年のセミ2008-1
今年もセミが聴こえる時期になりました。最初に聴いたのは7月12日と例年より早めで、種も昨年までのヒグラシでなくてアブラゼミです。
文字盤にふたがされていた日比谷シティ近くの足長カリヨン、
4月からは周囲をこんな感じに覆われていました。
どうなるのか。ネットで調べてもさっぱりわかりません。
この写真を見た人の反応は、概ね「ああ、あそこですね。でも、何があったっけ?」

24日夕方見たら、覆いが一部とられていました。
カリヨンは、とりあえずカリヨンのままのようです。色が変わる?
NHKメロディファイルでとってきた着メロの「しゃべり」部分を、聴いて採譜してみる。
オリジナル前奏でもサビのメロディでも「レ」を使ってないのに(「ソ#」は使っているのでヨナヌキではありません。前言訂正)、追加したしゃべり部分で「レ」を使ったために、やたら哀しげな感じになってしまいました。
2008.04.26追加「ピタゴラスイッチの10本アニメの”1本でできること”」:
半音ずらして重ねて、何人かで言ってる様子?
らしい。
うまい。かもしれない。
ピッチベンドが随所に入っているので、音色数は少ないけどファイルサイズはけっこうある。
知ってる人は「こんなんじゃない」っていうだろうな。ヒアウィーゴー以降も微妙なフレーズが続きます。
「スシ食いねェ!」: 伴奏のみ。賢明ではなかろうか。
今年の夏に東日本以西にいた人なら、セミがやたら多かったのを覚えているでしょう。行くところ絶えず、力尽きたアブラゼミが落ちていた感がありました。何日かは忘れましたが、町田市の「東急台入口」バス停付近でクマゼミが鳴いているのを聴きました。NHKの気象情報で夜に鳴くセミが話題に採りあげられ「アブラゼミは夜に鳴くこともあるが、クマゼミはあまり鳴かない」という情報を得られた、ということもありました。
そんなセミも、家の近くでは9月24日頃に聴かれなくなりました。おととしみたいにキンモクセイの開花と重なったりはしなかったのです。
ところが、昨日(10月21日)に遊びに行った小山田緑地では、ツクツクボウシが1匹だけ、まだ鳴いていました。
野々村馨著「食う寝る坐る永平寺修行記」を読んで、改めて棚から引っぱり出して聴いてみたCD。
「食う寝る坐る永平寺修行記」は興味深かった。何度も朝の電車の中で読んでいる。いろいろなblogに掲載されたこの本の感想の中に、どなたか「音の描写が印象深い」と書かれていた方がいた。私も同感であった。
中盤に、1分50秒間隔で鳴らされる「大梵鐘(おおぼんしょう)」が収録されている。「食う寝る坐る-」によると、朝に18回打たれる大梵鐘を「暁鐘(きょうしょう)」と呼ぶが、14回目は弱く打ち、雲水達の公務開始の合図とするよう定められている。熟練した僧が体で覚えた感覚で120BPMのテンポをたたくように1分50秒間隔を打つのかなと私は思っていたが、それは間違いであった。野々村氏は「すべてが恐怖と隣り合わせ」の初期の修行生活の中で、時計の秒針の動きを気にかけつつ、手許の目印の小石を動かしたか不安を覚えつつ、一瞬頭の中が真っ白になりながら暁鐘を打った、と書いている。その緊張感を含んだ音をありがたく感じながらも、寝床に入ってヘッドホンで聴くと余韻が心地よく、途中でどうしても寝入ってしまって、弱くなる14打目が聴けない。
暁鐘に限らず、ここで聴ける木版、雲版、太鼓など、1日に鳴らされる合図すべてが互いに連携し、細かい作法、規則にのっとって行われていることがわかった。そう思って聴くと、同様に自然音をバックに長い時間単位で展開する岡野弘幹「MUSIC OF WIND」とは、やはり違った感じである。
「自宅で」初めてセミを聴いたのは7月16日夕方。ヒグラシでした。これは何と3年連続で同じ日、同じ種です。先週平日に鳴き始めている可能性はありますが、休日だった14日、15日は聴こえませんでした。
参考までに:今年は7月13日仕事から帰宅途中に、日比谷公園でアブラゼミを聴きました。過去との比較はできませんが…。
[木へんに世]と書く「えい文庫」の一冊。
(執筆当時の)幕内・十両力士の中でサイクリングを趣味とするのが2人なのを「角界で2人だけ」と誤解して、自転車2人乗りの話題の前フリにするなど、いくぶん強引なところも見られますが、いいところついてる箇所もかなりあります。
特に、77ページの
やはり、あくまでも自転車は孤独であり、人間の「個」の風を運ぶはかなき物体だからです。
という指摘。
ついでにいえば、自転車は交通の「流れ」に乗るのを(歩行者主体の速度、クルマ主体の速度、どちらに合わせるのも)不得手にしていること。それを意識すればかなり操作に神経を使うこと。それ自身はほとんど音を立てないかわり、上記の事情から運転者の「聴く力」が要求される乗り物であること。…などが採りあげられていればなあ。
でも、著者の「表現したい!したい!」という能動性が全体から湧き上がってくる文体は、ある意味爽快です。読んでる途中は「この人自転車に向いてるかなあ」と思ったのですが、読後感はとても良い。
VHS・DVDプレイヤーを買った。録画しないので高価なものではない。
今まではDVDをノートパソコンで再生していたが、DVDプレイヤーを液晶テレビにつないだら、会話場面のBGM、音楽の低音部が今までと全然違う聴こえぐあい。特に「あそびだいすき!」のDVDを見てたら「ミスター・ピリピリホホ」のイントロで「ピリピリホ・ホ」という低い声が入っているのが初めてわかってびっくり。
一方、画像は…やっぱりD端子ケーブル買うかな。
毎週楽しみに見てました。
今朝の「あいのて」は"ベスト"という回でした。
エンディングを5人で演奏するところが、本当に心にきました。
寂しい終わり方でした。
うちの子は2歳半。やっと手をたたいて歌いはじめたところです。
せめて、もう1年続けてほしい。
Zabadakの「椎葉の春節」(CD「桜」にある)は好きな曲だけど、椎葉というのが宮崎県の村の名前というのは、昨年にNHK「その時歴史が動いた」の柳田国男が採りあげられた回を見るまで知らなかったのです。焼畑農業が現存するとか。一度は行ってみたいものです。
もとの「椎葉の春節」が、キングレコード「日本のワークソング」に収録されていることがわかったので買いました。
最近買ったCDの中でも値段が高かったのですが(Amazonで2,711円)、買って良かった。私はこのシリーズの「日本のダンスミュージック」「日本のフェスティバル」を持ってて気に入ってたのですが、聴きごたえ、面白さという点では、この2枚をしのぐかもしれません。
以下、3曲ばかり感想。
1996年刊。当時はサウンドスケープという言葉に興味を持った頃で、新聞広告を見て読みたくなったことがある。最近ふと思い出し、調べたら中古がかなり安くなってたので購入した。
今まで見た中でいちばん好きな岐阜の金(こがね)公園のからくり時計や、2番目に好きな大阪京橋の「京阪モール」の時計、それに岡崎城のからくり時計や京大の時計台が写真付きで説明してある。後半のエッセイでは東京新宿NSビルの巨大な振り子時計の記述があって「上巻31ページ参照」と書いてあるから、上中下巻の3冊を揃える気になってしまう。本が出てから10年間の変化を各地で追うのも一興。
金公園のからくり時計は音を録りに行ったくらい好きなんだけど、あのBGMは「蒼い流れに」という曲、と説明がある。そのタイトルで検索したら岐阜市のサイトに行き着いて、作詞作曲は加藤登紀子さんであることがわかる。京阪モールの時計の写真では、時計の下にポスターが貼ってあって「モールクロックの異星人のニックネーム決まったョ~!ミューに決定!!」と書いてある。良い小ネタです。
私は全然知らなかったのだが、名古屋はからくり人形の文化が育ったこともあって、からくり時計の名所のようだ。確かに御園座や名古屋港水族館のは面白そう。本書では採りあげられていないが、大須の万松寺の、うつけ時代の織田信長が灰を投げるという何ともいえぬからくり時計も見てみたい。そういえば、幼稚園児の頃、名古屋のデパートのデジタル時計が(数字の時刻表示自体が)珍しくて、連れて行ってもらった時に喜んで見てたなあ。
知らないといえば、23ページにある刈谷中央図書館の時計。生まれた町で何度も通った道なのに。高すぎて見落としてたとしかいいようがない。
24日:ミンミンゼミが遠くで鳴いています。ツクツクボウシは聴こえません。
それより、去年のセミ関連記事と比較して気が付いたのは
「今年は、キンモクセイの開花が2週間くらい早い」ということです。もう咲いてます。
16日夕方に、初めてセミの声を聴きました。ヒグラシです。平日日中は家にいないので鳴き初めが正確にはわかりませんが、今週中と思われます。
…と鳴き始め報告。去年のと(2005.07.16)日付を含めて全く一緒です。おととしは猛暑、去年梅雨寒、今年はちょっと気温が上がったところ。いずれも鳴き初めは大きな差が無いようです。
伊右衛門のおまけの風鈴、4つ集めてみました。
短冊は6種類あるそうですが、私の手許のは朝顔、朝顔、花火、すいか。
でも風鈴の音は1つ1つ微妙に異なるから、風鈴の数だけ種類があるとも言えます。うちのは「すいか」がいちばんきれいな音をしています。
その辺の音の違いが、うまく録れてるでしょうかね。
朝日新聞2006年2月5日「泉麻人の東京版博物館」記事・「ロマンスカーのオルゴール」。
1972年8月24日の朝日新聞に「小田急・特急ロマンスカー(NSE車)のオルゴール(補助警報装置)が、「騒音公害源」との批判をあびて、この夏から、都内では聞かれないことになった」という記事があり、それについて泉氏がコメントしている。
http://mytown.asahi.com/tokyo/news.php?k_id=13000140602060001
東京の少年にとって、小田急のロマンスカーは憧(あこが)れの列車だった。僕が初めて乗ったのは、この写真と同じ二代目ロマンスカー(3100系NSE車)で、当時車内に入っていた「日東紅茶」のサービス(ウエートレスが紅茶を出してくれる)と、キンコン~の警笛の音がいまも印象に刻まれている。キンコン、と記事にはあるけれど、その音質は活字では表現しにくい独特なものだった。 (中略) 公害告発の時代……とあるのは、この時代世間をにぎわせていたカドミウムやPCB汚染騒動のニュースにたとえたのだろう。しかし時がたったいま、ロマンスカーのキンコン音は、物売りの声などと同じ“風情ある時代の音”に思われてくる。
私は当時、愛知県に住む小学生で、近所を名鉄パノラマカーが走っていた。駅に到着するときなどに鳴らす「ミュージックホーン」は、展望席やとスピードメーターとならんで、子供心を非常にわくわくさせるものだった。小田急の「オルゴール」は聞いたことはないが、当時持ってた本、山と渓谷社「カラー日本の私鉄 2・都市近郊編」には「ピーコポーン,とリズミカルな警報音を発しながら走ってくるから,遠くにいてもロマンスカーが来たな,とすぐわかる。」とあって、なんとなく音を想像していたことがある。どうやらこの音に関しては、小田急の方が名鉄より早く登場したみたいですね。
ま、とりあえず聴いてみよう、と、たどりついたのが、「Wひかり」様による「赤いひかり/座席特急の部屋」というサイトです。感謝です。
NSE車の補助警報音を聴く。確かにぴったりした形容がしにくい感じ。けっこう大きい音で、これを町中ずっと鳴らしてたら、やっぱりキツイかも。でも沿線の子供は喜ぶでしょうね。最新のVSE車ではこの音が復活し、新宿発車時などに鳴らされている、という情報も得ることができました。
ちなみに、ロマンスカーの音程は、キーがC。パノラマカーはA。
医師の日野原重明氏が「患者に語り掛ける時はドでなくて、ラの音程がいい」と言われたとか。あ、いや、関係ないですね。
月曜日のNHK「地球・ふしぎ大自然」を見たら、スリランカのゾウが人の耳に聞こえないくらい周波数が低い音声でコミニュケーションをしているらしい、とのこと。さきの地震のときも、大津波から発する低周波音を聞き取って、スリランカが襲われる前に避難していたという。
「Thai Elephant Orchestra」という(ゾウが鼻でバチを持ってパーカッションなどを演奏したりしてる)CDを持ってたので、その3曲目を10倍速にしてみたけど、低周波音が人の可聴域に入って来たような低い声は聴けなかった。「パオー」って声が入ってるトラックの方がいいかな。聴いてみたい。
参考にこちらのページを見てみたら、聞いたことのある名前が載ってて、ちょっとびっくり。
夕映えにツクツクボウシとキンモクセイ
ココログの「トラックバック野郎 “秋”を詠む!」にトラックバックします。結局、今年のツクツクボウシは、10月8日の夕方まで鳴いていました。キンモクセイの香りといっしょに楽しみました。
前から設置してて今はほとんど動いてないホームページから、中身をこっちに移すことにしました。そのため"fu_r Notizen Archiv"というblogを作りました。
最初に、「音」カテゴリの過去記事(1997~2004)をupしました。リンクの調整とか、音声ファイルをどう聴いてもらうかなど、まだ課題はありますが、徐々に直していきます。
普段、教育TVはほとんど見れない。「にほんごであそぼ」はすでに2年も放送してて今さらなんだけど、野村萬斎氏の「ややこしや」をやっと見た。
すごく面白い。この3連休は天気も悪いし、このDVDにハマろう。
内容は大きく分けて3つ。
おおたか静流さんが、歌や、わらべうたの編曲を担当している。
http://www.songbirds.ne.jp/sizzle/
この人の名前を見るのは、1991年に「花」を歌ってるのを聴いて以来だったが、子供たちの歌のタイミングに沿った形で自身のスキャットを重ねたり、バックにすうっと漂うような声をのせたり、とてもいい感じ。圧巻はエンドテーマの「ぴっとんへべへべ」。私の記憶力の衰えを直撃するような、見事な仮名の配列。こちらにご自身の解説あり。
"「音魂」というものがある"という考えに同感です。日本語からばかりでなく、お経とか、メディアから流れてくる外国語の歌とか、そういう聴いただけではわからない言葉からも「音魂」を感じながら、私たちは日々生活しているのでは。
今日夕方に、初めてセミの声を聴きました。ヒグラシです。平日日中は家にいないので鳴き初めが正確にはわかりませんが、今週中と思われます。
去年は猛暑、今年は梅雨寒と、気温に違いはありますが、ここでは鳴き初めは大きな差が無いようでした。
春から初夏にかけての夜、道端の草むらで
じぃーーーーーーーぃーーーーーーーぃーーーーーー
って鳴いてる虫がいますよね。
こっち(東京近辺)ではあまり聴かないですが。
小学生の頃、あれ聴いて怖い思いをしたことがあるのです。
そろばん塾からの帰りでしたね。途中、街灯も何もない道がありました。本当の真っ暗です。
虫が鳴いてるな、と何となく思いながらその暗闇に入った瞬間、
周囲全方向から「じぃーーーーーーーぃーーーーーーーぃーーーーーー」という音に囲まれ、方向感覚がつかめなくなりました。自分がどっちを向いてるかわからず、まっすぐ歩けない。溝に落ちるかもしれない恐怖にかられながら、わずかな路面の傾斜を頼りに、そのエリアを脱出したのです。
以来、夜に出くわすと出来るだけその音から離れて歩くようにしました。大学生になって、その虫の正体を友達から教えてもらった時の脱力感を、今でも覚えてます。
「オケラだろ、それ。」
2階の部屋にいると、1階の部屋のアップライトピアノに置いてあった携帯電話がメールを受信、マナーモードの振動がピアノに反響してるのが聞こえた。すごい音だった。
もう1回やってみよう。モブログで投稿してピアノに置いて、ココログからの確認メールを待つのだ。
ひょんなことから思い出した。
昔々、岡崎の康生町バス停近く「康生北交差点」にあった信号機の盲人用音声が、「よ~いこ~がす~んで~る よ~いま~ちは~」の「歌の町」の音楽だったこと。
東西方向に青信号だった時だけ音楽が流れ、歩行者用青信号が点滅したら「ぴーひょろ、ぴーひょろ、ぴーひょろ…」と、横断者をせかすような音に変わったこと。
岡崎は僕の生まれた街よりずっと大きくて、小学生で初めてここへ来た時は、その賑わいに圧倒されたものです。最近行った時と比べても、当時の方がずっと人が多かったように記憶しています。もうそれから30年近くになりますね。
「文-体 読本」の「彼女にとっての鳥の声(高橋千剱破氏(文芸評論家)「自然を意識することで見えてくるもの」からの引用)」という記事を読んで購入。
とても面白かった。
1999年に神戸ジーベックホールで開催された「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」に参加して暗闇を歩いた時、痛感したことがある。私の聴覚は距離感・立体感をイメージさせてくれなかった。方向はわかる。でも前を歩く人との距離が全く把握できず、何度も背中にぶつかってしまった。
著者の三宮麻由子氏は4歳で視力を失ったが、鳥の声を聞いて空の存在を意識し、滝の音を聞いて「景色を聴く」ことを知った。それまで「点(ポワン)」として捉えていた世界を「空間」として捉えるようになったプロセスを様々な角度から描き、自然の中の自らについての深い考察をすすめている。スズメの声から時刻・天気・外の明るさ・街並の様子・またスズメ自身の心理を聞き取ることができるようになったというところにまず惹き込まれた。「鳥の声の余韻がどれくらい高く響くかで、その場所の開け方を感じることができる」とか、読者が新たな感覚を開かされるような文も随所に散りばめられている。
子供が退院して4日目になります。妻のお母さんにも来ていただいていろいろお世話になっています。2時間近く顔を真っ赤にして泣きつづけ、妻も私もへとへとになったりしましたが、今日あたりで、なんとか落ち着きはじめました。
藤原道山「UTA」を聴かせたら、どうやら「早春賦」が好きなよう(^^)。夜に子供が眠りについてほっとしていると、ふいにカネタタキの声が耳に入ってきて、しみじみとしてきます。
セミ、最近の傾向。いまだ暑さ衰えず。
朝方、ミンミンゼミやツクツクボウシが少数鳴いている。8時台ころからアブラゼミが鳴きだし、午前中はミンミンゼミとアブラゼミが主に聞こえる。12時を過ぎるとアブラゼミの独壇場、他のセミは、集中して聴くとやっと聞こえる程度。17時台後半になるとヒグラシがよく聴こえるようになる(山に入るとヒグラシは昼間でも鳴いているので、アブラゼミがこの時間帯におとなしくなるのであろう)。そのまま日没まで。
去年の今頃は横浜市南区に住んでいた。そこではアブラゼミの他、7月中旬あたりからヒグラシとミンミンゼミの声が聴こえていた。近所の公園の照明のせいか、アブラゼミが夜中でも止む事なく鳴きつづけて、かなり困った思い出がある。今年は東京都内のやや内陸に入ったところに住んでて、今日までにアブラゼミとヒグラシの声を確認している。ヒグラシが、ちゃんと夕刻に鳴いてくれて非常に気持ちがよい。夜はどちらも鳴かない。
ちなみに、千葉県市川市に住んでた時、主に西日本に生息するクマゼミまで聴こえて、珍しいなと思ったことがある。1999年~2000年頃か。
おととい、発見。
両手の人差し指で両方の鼻の穴を交互にふさぐように軽く叩くと、ぽこぽこ音がするのだ。口の形を微妙に変えることで思わぬ音程の変化が出る。面白い。
昨日、練習。だんだん板についてきた。そのうち子供をあやすのにも使えるぞ。
そして、今日。
そんなことしなくても、両方のほっぺたを軽く叩けば、同じ音が出ることに気づいた。
横浜そごうの10階に行ってみたら、フロアの中央に水の流れるところがあった。真ん中には、金属製の扁平な筒でできた鹿(しし)おどしが7,8本、円形に並ぶように据えつけられて、それぞれ上から滴下される水を受け、重みで下に流しては元に戻り、べちゃん、ぺちゃんという薄っぺらな金属音が10秒に1回くらい聴ける。
正直、あまりよい音とはいえないし、それぞれの筒が発する音が同じでつまらない。どういう意味でここに存在しているのか、そういう意味で興味を持って見ていたら、周囲の子供たちが集まってきて、しばらく面白そうに眺め始めた。そういえば、僕も初めてとあるお寺で鹿おどしを見たときには、じーーーっと見てたよな。竹製で、3分くらいしないと鳴らなかったけど、何回鳴っても飽きなかった。
昨日のダイエーvs近鉄戦に登板したダイエー・メルカド投手について、今朝の日経の記事。
何しろ大歓声が邪魔なのか、耳栓をして登板するほど弱気なのだから。これでは敵に弱みをさらすようなもの。一死も取れず傷口を広げた。「弱気」と決めつけんでもいいと思うのだが。
音風景日記「大和郡山ではもう蝉の声」へのトラックバックです。
そう、奈良県でもうセミが鳴いてるらしいんですよ。コメントをやり取りして、今はカエルの声の話になっちゃってます。
昨日聴いたカエルは、きりりっ、…きりりっ、という、
ちょっと間を置いた、やや高い声なんです。初めて聴きました。
シュレーゲルアオガエルもそんな感じだったと記憶しています。
今日はそれに加えて今まできいてたような「ケロケロケロ」というカエルも鳴きだしました。
京都で聴いたのは、ひゅーひゅーひゅーって感じのほんとにきれいな声でしたね。
MDで録ろうとしましたが、ちょっと声が小さくて、うまくいきませんでした。
庭に何羽かむくどりがやってきて、ゆずをついばんだり、土の中の虫を捕ったりしている。
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むくどりが単独で鳴くのを、初めて聴いた。木の枝に多数とまって集団で鳴く時の、あのけたたましい声からすると、いくぶんおとなしめであった。156BPMくらいで、音程は一定である。
3月15日に携帯を初めて買いました。小さい「ゅ」が入力できなかったり、デフォルトのアドレスで差出人名を忘れてメール、「どなたですか」と返事が来たり、世の中にはまだまだ未知の領域が多いと痛感した次第です(苦笑)
少し驚いたのが、買ったばかりの状態のままだと、何をするにも音が鳴ることです。何らかのボタン押すたびに電子音がピッ、充電始めてもピッ。カメラを使えばカシャッ。着信音もレベル4で、聞くとかなり大きめな印象。これらの初期設定を修正するには、それぞれ何らかの設定を自分で行う必要があります。私の場合、それを知ったのは買って2日目でした。
これだけ携帯が普及している中、例えば満員電車に乗れば、かなり多くの携帯が「余分な音を出さないように」設定されていること。そうでない携帯が思った以上に少数であること。自分で持ってみなければ全く気がつきませんでした。
齋藤孝氏のCDブック「声に出して読みたい方言」の続きです。
秋田弁では、浅利香津代さんによる「八郎」の朗読が、とにかく泣けるんですよ。
感動に浸るのもそこそこに、CD最後のトラック・秋田弁の五十音発声にしびれます。
特に、カ行。「き」だけ、子音[ks]が入ってるように聞こえる。初めて聞いた時、中国語学習ソフトで「字句[ziju]」の発音が、「チーズー」でなく「ツージー」としか聞こえなかった時以来の衝撃を覚えました。
とても面白い本でした。方言に触れて勢いのついた体が、翌日まで戻らないということもあった(^^;)
(3月7日、このページで書いたものの再掲です。「音」カテゴリでは、このような類のことを書いていこうと思います)
齋藤孝氏のCDブック「声に出して読みたい方言」に、しびれる。
特にしびれたのは、鹿児島弁と秋田弁。本書では、各地域の方言に体ごと触れることを
「湯につかる」とも「身体のモードチェンジ」とも呼ぶが、後者のような意識でないと
とてもじゃないが、読めない。入念な準備運動をしないと、浸かれない。
鹿児島弁で小さい「っ」が頻発、「こっがあっ。」などで終る文を読むと、息がまだ
肺にいくらか残っているのだ。どうやって鹿児島の人はこの空気を処理するのだろう。
(追って、続きを書きます)
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