神奈川県と佐久島が

ちょっと似てる。
ほれ、江ノ島も城ヶ島も。
歌うたいのズボさんからうれしいコメントが届きました。
おかげさまで、岐阜市金公園のからくり時計でメロディを耳にしてから21年、
その元歌・加藤登紀子さんの「蒼い流れに」を初めて聴くことができました。
岐阜の美しい風景をたたえた見事な動画。是非ご覧下さい。
http://www.youtube.com/watch?v=BtyRYC_rxss
岐阜も随分と訪れていないので、機会を見つけて行きたいです。
2番の
届かぬ憧れ胸にあふれて/走って登った金華山
という歌詞を聴き、高校生当時の高橋尚子選手が走る姿を妄想してしまいました。
もちろん実際は関係ないのですが。
当blog内のこちらの記事もご参照いただければ幸いです。
・名鉄880形など(2005.04)
・上野秀恒編「街に生きる時計たち・下巻西日本編」(2006.11)
歌うたいのズボさん、どうもありがとうございました。
(21年前に録った金公園のテープ、まだ所在不明。実家だったかな)
N700系の1E席に座って広島に向かっている。AC電源コンセントが前面についてるおかげで、充電機能だけ壊れたMDプレイヤーを使える。手持ちの音楽を外に持ち出してこんな風に聴くのは7年振りくらい。もちろん聴いてる曲も1995年のADIEMUSとか、ちょっと前のである。こんな感じで3時間36分をのんびりと。
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日帰りで帰ってきました。復路も1号車13A(やはり一番前の窓際)。
往復7時間26分を、MD4枚と読書と車内販売の「柿の葉寿司」で、何とかしのぎました。
NHK-FM40周年企画で個人的に最も注目していた「音の風景スペシャル」が3月14日に放送されました。いろいろ都合があって全部聴くことができませんでしたが、80分MD2枚に録音しました。おいおい聴いていく所存です。オープニングは、東京タワーの上空から聴いた音の40年前と現在の比較でした。面白そうです。
この中の「投稿音自慢」というコーナーで、リスナーが録音した周囲の音を募集しているのを番組ホームページで見つけ、いてもたってもいられなくなりました。1995年~2004年頃に録っていたMDとRoland UA-1Aを押入れから引っ張り出し、いくつか音をパソコンに取り込んでCDを作って送ったら、どうやら1つオンエアしていただいたようです。ありがとうございます。
NPO法人「みどりのゆび」による「まちだフットパスガイドマップ」を買いました。フットパスについては上記リンクをご参照のこと。
沿道の様子が非常にわかりやすいです。時々通っている道もあるのですが、ガイドマップを見て初めて「あの道、通れるんだ」と知ったところもいくつかあります。今日、そのうちの1つを歩いて見ました。
「4.かしの木山から芹ヶ谷公園」の、昭和薬科大学西側からたぬき山までのところ。ガイドマップとは逆方向にたどってみます。
たぬき山です。
梅が咲いていました。今日は暖かかったです。
だんだん深い森に入っていきます。
実はベビーカー押しながら歩いていたのですが、結構な上りになりました。ガイドマップどおりの方向だと下りです。
住宅地脇は砂利道と段差。ベビーカーを持ち上げて歩きました。
薬科大西側の尾根道に出ました。そのまま化石谷公園まで歩きました。気持ちよかったです。
JCA(日本サイクリング協会)のサイトに連載の、土肥志穂さんによる「サイクリングターミナル滞在記」の最新記事。
JR木次(きすき)線の出雲三成駅に近い「奥出雲町サイクリングターミナル」、素晴らしい。
http://www.j-cycling.org/shiho_ct/0811/
「奥出雲おろちループ」のことは知らなかったが、出雲坂根駅の3段スイッチバックの近くと聞けば、鉄道ファンの血が騒ぐ。伯備線の新見まで来たことはあるが、そこから西の中国山地へはまだ行ったことがない。
自分の自転車があれば、この記事のように上ったり下りたり木次線で輪行したり、と1日楽しめそう。しかし個人的にすごいと思ったのは↓このサービス。
この旅の方法は、ターミナルのレンタサイクルでも実現できます。2日前までにサイクリングターミナルに予約を入れておくと、なんと、レンタル自転車を道の駅・奥出雲おろちループまで運んでおいてくれるのです!
レンタル料金は保険料込みで1,000円。このほか、自分で三井野原までのトロッコ列車のチケットを予約・購入する必要があります。でも、これは便利!輪行する必要なく、トロッコ列車とサイクリングの両方を楽しめるのです。
ちょっと話がそれるけど、
芸備線にも「坂根」という駅がある。出雲坂根駅とはわずか59.3km離れているだけだが、何せ1日3往復の芸備線→木次線の乗継ぎである。坂根を13時出発という設定で乗換案内を検索すると「所要時間15時間35分(備後落合で待ち833分)」という結果が出たりする。この記録に自転車で勝ってみる、という遊びもできそう(^^;)。
いっぺん行きたいなあ。サイクリングターミナルそのものが懐かしい。
もうじき名鉄のサイトで「ありがとうパノラマカー」というページが開設されるそうです。
本当に、ありがとうです。もう一度帰省して見たいです。でも、クリーム色の5500系が無くなる時も見れなかったし、今回も無理かな…。
3歳の頃両親に連れられてで名古屋に行く時にパノラマカーの最前部に乗り、そこでスピードを「オレンジ色の数字で」表示する3つの丸い窓に夢中になりました。「107、108!、109!!、110!!!!」せっかくの前面展望など、新名古屋駅(当時)手前で地下にもぐるまでそっちのけ。もちろんもぐったら大騒ぎ。あれは本当に興奮しました。
名古屋に着いたら駅付近の百貨店にあるデジタル時計を、夢中になって見ていました。間違いなく「デジタル」を知ったきっかけは、年に数回の名古屋への道中でした。
それからというもの、私は、父親が持っていた「世界文学全集」の第○巻の数字をカレンダーに見立て、3や5や23を赤く塗りつぶしたり、母親が使っていたカシオの「デンクロ」をいじり過ぎて壊すなど、ヘンな数字遊びをする子供になっていきました。
小学生の時には、知立駅のホームの端で中腰に立って、入線してくるパノラマカーの最前部の速度計を瞬時に読む遊びもよくやりました。50km/h前後でした。
あのオレンジ色の数字を表示する装置を「ニキシー管」と呼ぶことを、さっき知りました。こちらのページで。ありがとうございます。
http://www.ne.jp/asahi/shared/o-family/ElecRoom/ModelRailroad/PanoramaNx/PanoraNx.html
うちの上の子が今3歳で、自分に似たのか数字が大好き。今のうちに速度計付きの名鉄電車を見せてやりたいものです。LEDでもいいから。うん、できるならもう一度パノラマカーに乗りたい。
文字盤にふたがされていた日比谷シティ近くの足長カリヨン、
4月からは周囲をこんな感じに覆われていました。
どうなるのか。ネットで調べてもさっぱりわかりません。
この写真を見た人の反応は、概ね「ああ、あそこですね。でも、何があったっけ?」

24日夕方見たら、覆いが一部とられていました。
カリヨンは、とりあえずカリヨンのままのようです。色が変わる?
3月15日のダイヤ改正、
帰りの時間帯に小田急のMSEに乗れるかもしれない、というのもうれしいけど、
JR東海のこれも相当うれしいです。
ひかり401号 小田原 7:03-8:00 豊橋
家から実家まで小田急-新幹線-名鉄と乗り継げるし、混雑とはほぼ無縁だし、速いし、早いし。新横浜-名古屋までのぞみ使ってちょっと戻るより少なくとも1,000円は安いし。
特集は「ローカル線と自転車の旅」。楽しく読みました。
南海21000系だった車両が2つの記事で取り上げられているが、大井川鉄道沿線を旅する白鳥和也氏と写っている車両の渋いたたずまいと、一畑電車の沿線を旅する木村裕子女史と写っている車両(3000系)の愛嬌のある表情の対比が良い。
えちぜん鉄道のサイクルトレインも参考になった。車両内のゴムひもで自転車を固定するのか。いつ実現するかはわからないけど、永平寺方面へ「レンタサイクル+サイクルトレイン」旅行計画を立案中なので。
熱田の記事を朝一番で書いて、その5時間後には新幹線で関東に舞い戻っておりました。
三河みやげは、東京で新幹線を降りてCoredo日本橋で買いました。サムライ三河武士プロジェクトによる、中田屋の「SAMURAIかりんとう」。
「三河玄米」の方を職場へのおみやげにしたところ、「おいしい」「ありがとう。かりんとう。って、ギャグですか?」などと好評を得てよかったです。自分も食べてみて、油っぽくなく、手が砂糖だらけにならず、玄米の味もちゃんとして、うまい。
こっちの「三河きな粉」は自宅用。まだ食べてないが、楽しみである。
欲を言えばもう1種類くらい、この辺の価格帯で商品が欲しいところです、サムライプロジェクト。
そうそう、Coredo日本橋の「大江戸夏の陣」は、8月19日好評につき8月24日まで。3F"SERENDIPITY"にて。
http://www.mikawabushi.jp/mevent/coredo.html
昨日、「くじらアパート」無事到着したそうです。おめでとうございます。↓京都新聞のサイトより。
http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P2007072200015&genre=G1&area=K00
トラックバックをいただいた「TokyoMan's BLOG」様にて、ゴール当日の都内での様子が紹介されていました。1ヶ月余りの道中、台車は壊れたものの「くじらアパート」本体にはほとんど傷みがない状態のようです。これはすごい。
林さんのページ内「コロコロ旅日記」を楽しく読みました。彼が自分の中で価値観を組み上げて行く過程を追っているつもりでしたが、進むにしたがって、当初無謀と見られた基本的な計画自体が、実に無理のないものであり、だから柔軟な修正が利くことがわかってくるのです。
もし東京近辺で見ることができたら、いちど中に入って音を聴いてみたいです。
「なごや乗換ナビ」という乗換案内ページが名古屋市交通局のHPにあります。
名古屋市地下鉄・市バス・あおなみ線・ゆとりーとラインしか掲載されてないので、便利だか不便だかよくわかりませんが、他の乗換案内と違うのは
「この電車・バスに乗ったら、自家用車利用に比べてこれだけ二酸化炭素(CO2)排出を減らせる」というデータが表示されることです。
それによると、例えば名城線を1周すれば26.4km。地下鉄で使うとCO2排出が0.28kg。乗用車だと(地下鉄線に沿って走るわけじゃないけど)0.28kg+節約分4.79kgで5.07kg、となります。
計算の根拠は、たぶんココにある「平成16年環境白書」の数値でしょう。この表示値がちょうどgとかkgとか、馴染みのある単位なので、やっと自分がどれだけCO2を出しているかが感覚的につかめた次第です。
今まで私がサブナードスポーツ(自転車)で走った距離は、8ヶ月で785km。この資料の通り「乗用車が1km走ると平均で192.2gのCO2を排出する」のであれば、自分が自転車に乗ったことで、乗用車に乗ってれば出してたCO2・151kgを出さなくて済んでいる、となります。1年に換算すれば200kg強ですか。
そう考えると、下記の「全国地球温暖化防止活動推進センターWebサイト」にあるhttp://www.jccca.org/content/view/1041/782/
「2004年の日本での1人あたりCO2総排出量は10.0t」という数値が、途方もないものと思えてきます。
そういえば前に「1秒の世界」を読んだ時、自分は世界の広さを実際にはつかめていないうえに、非常に短い1秒あたりで刻んでいるので、書かれた数字が大きいのか小さいのかよく分からなかった感じが残りました。なごや乗換ナビみたいに、自分の知ってる範囲に置き換えてみるのも、いいことかもしれません。
以前「赤つながりでGo!」という記事で書いた、名鉄西尾・蒲郡線のサイクルトレインと吉良町のレンタサイクルを両方使う計画が27日、実行に移されました。
上横須賀で降りて、徒歩10分足らずのところに「コミュニティ公園」がありました。駅から近い上に、自転車のヘッドマークと同じマークが建物にも描いてあってわかりやすい。自転車も好きなものを選べました。ペダルは軽く、道を横断する猫がこちらに気づかないくらい音も静かな自転車でした。
上横須賀に戻って、付き添っていただける名鉄の係員の方に会いました。いろいろ話をしながら西幡豆までの車中を楽しみます。今日は私を含めて3件の依頼があるとのこと。もうじきサイクルトレインの試験期間もおわりますが、やはり多くがスポーツタイプの自転車に自分で乗ってきて利用するケースだったそうです。
西幡豆で一緒に降りたおばさんが「あ、自転車が…」と目を丸くしていたのが面白かった。
西幡豆駅近くの祐正寺で「友引骨董市」というフリマをやってたので10分くらい見てみた。主催者のテントにいた人に「お、赤馬Go!で来たんですか」と声をかけられ、写真を撮ってもらった。その後↓このように海沿いを走る。
約7kmを時々休んで40分で走り、文化広場で自転車を返却。吉良吉田駅まで徒歩で向かう。
これが25分かかった。電車の時刻が迫るのにいっこう駅が見えず、最後はほとんど走って5分前に駅に駆け込んだ。(→変更有り。追記参照)
赤馬Go!レンタサイクルは無料、3箇所の貸出場所のどこで返却しても良いのはありがたいけど、文化広場は駅から離れすぎてて惜しいです。何とかなりませんかね。ふれんどバスがこのあたりまで来るとか。
サイクルトレインも、自転車を持ち込むこと自体無料でうれしいです。最後に係員さんに感想を訊かれ、是非続けてもらいたいと伝えましたが、今後どうなるでしょう。
バンド「たま」が「ひるね」というアルバムをリリースしたのは1991年1月のことです。とても好きなCDで、「さんだる」や「きゃべつ」は聴かなくなってもコレだけは今でも時々聴いています。
ライナーノート内の写真もなにやら気になるものでした。「TORIGOYA」と茶色い壁に書かれた廃屋のような建物が印象的です。関西に住んでたリリース当時には思いもよりませんでしたが、気がついたら現在私はこの写真を撮ったらしき市に住んでいるではありませんか。果たして今もあるのかどうか、ちょっと探してみようと。
ある手がかりによって見当をつけた場所に、その建物は当たり前のように建っていました。あまりにも簡単に見つかっていささか拍子抜け。
壁のロゴはライナーノートのものと、少し変わっていました。屋根は修理されており、CDの写真で雑然と置かれてた廃車とか冷蔵庫とかも見当たりません。要するに本当は廃屋ではなく、日常的に使われている建物でした。敷地内の隣の建物の看板に「工房」の文字がありました。
石川氏が「通学路」の標識を右手に持ってる写真もあったけど、建物付近に同種の標識が使用されているのを見つけました。
以上です。
GW明けの7~8日に、仕事で鹿児島県に行ってきました。実に20年ぶりです。薩摩半島を回るのは初めてでした。経県マップも久々に更新(鹿児島:3→4。お、1月の訪問で福岡も2→3だな)
鹿児島中央駅で1時間ほどバス乗り継ぎ待ちがありました。
市電のユートラム。赤いテールランプもかっこいいです。
鹿児島中央駅から枕崎行きのバスに乗りました。枕崎行きに連絡できる列車は、その1時間前に出てしまっていたが…。
「GWは、加世田の吹上浜砂の祭典に行きました」と訪問先の人が話していました。あとでポスターを見たら、そこであったという「よさこいハンヤ祭り」という催しにちょっと興味がわく。鹿児島ハンヤ節はけっこうテンポが速いけど、どんな風に踊るのでしょうね。
今月はやたらバスづいていますが、また、個人的に興味あるバス路線の話題を。
4月1日から、名鉄バス路線が1つ新設されます。刈谷駅から総合運動公園-富士松駅を経由して愛知教育大学を結ぶ路線です。日中でも1時間1本あります。
駅から実家に帰るのに非常に便利。でも、なんで今なんだろう、と 不思議な気分でもあります。
昔むかしにも刈谷-富士松間の名鉄バスはあったんですが、20年近く前に廃止されました。最後は1日数本しか走ってませんでした。(↓こんなコース)
刈谷市が運営しているバスも1日に数えるほどで、もうここの公共交通は期待できないと常々思っていたのです。それがこんなことに。
そういえば共通一次(当時)も、愛教大へ自転車乗って受けに行ったよな。
JR発足20周年記念で、この春に5枚8,000円の青春18きっぷが出るそうです。こないだの記事「赤つながりでGo!」で紹介したサイクルトレインとリンクして、仮想旅行計画を広げてみる。あくまで仮想です。昔はよくやったんだけど。
ちなみに、JRの快速・普通だけを乗り継ぐ予定を見るには、↓このJR東海のページが便利。
http://jr-central.co.jp/timetable/nr_doc/search.html
とある3月(17日まで)の土休日。
自宅最寄駅 521-(略)-1103豊橋1109-1129三河塩津
蒲郡競艇場前1141-1215上横須賀 徒歩で吉良町立図書館へ
図書館1230-(赤馬Go!で各地逍遥)-1540形原駅
形原1547-(サイクルトレイン)-1615上横須賀〔→自転車返却〕
上横須賀1653-1727蒲郡競艇場前 三河塩津1743-(略)-2338自宅最寄駅
くっ…もう無理です。交通費は18きっぷ1日分1,600円+名鉄1,270円=2,870円ですが。
あ、上横須賀からサイクルトレインで形原まで行って戻ると重複しなくてよいかも。でも西風が強かったら西向きに自転車走らせるのも、なあ。 空想は続く。
名鉄HPより、"西尾線及び蒲郡線の一部で「サイクルトレイン」を試験的に実施"
http://www.meitetsu.co.jp/profile/news/2006/1177434_1142.html
予約制で"ご利用の際は乗車駅から下車駅まで案内係が同行します"というのが何ともいえません。それでもやっぱり「ワンマン」なんでしょう。
でも、なんかやってみたい。ちょっと仮想旅行計画。
吉良町のレンタサイクル「赤馬Go!」が良さげ。
貸出場所(図書館とコミュニティ広場)は上横須賀駅から徒歩で行けそうです。
この「形原漁港大橋」って、結構惹かれるものがあります。海沿いをここまで自転車で走って、電車で戻るとか、どうでしょう。
埼玉県滑川町の国営武蔵丘陵森林公園で、レンタサイクルを借りて走ってみました。南口から植物園あたりまで行って戻る。時々休んで1時間30分程度。公園周辺のとある業者で自転車を借りたんですが…こんどは公園内のサイクリングセンターで借りよう。
サイクリングロードは本当に快適です。南コースの入ったところ。
沿道のかしの木(写真左側)と。
カエデ見本園の標示。遊歩道が落葉などでふかふかしてて、歩いてて気持ちよいです。サイクリングロード以外のエリアにはほとんど駐輪場に自転車を停めて行くことになるようなので、チェーン錠を持っていくと安心かもと思った。
紅黄葉樹見本園。秋に行ったらきれいそう。地面は笹が刈りそろえてあって、また独特の感触。サイクリングロードも良いけど、歩くのも本当に楽しそうです、ここは。
1996年刊。当時はサウンドスケープという言葉に興味を持った頃で、新聞広告を見て読みたくなったことがある。最近ふと思い出し、調べたら中古がかなり安くなってたので購入した。
今まで見た中でいちばん好きな岐阜の金(こがね)公園のからくり時計や、2番目に好きな大阪京橋の「京阪モール」の時計、それに岡崎城のからくり時計や京大の時計台が写真付きで説明してある。後半のエッセイでは東京新宿NSビルの巨大な振り子時計の記述があって「上巻31ページ参照」と書いてあるから、上中下巻の3冊を揃える気になってしまう。本が出てから10年間の変化を各地で追うのも一興。
金公園のからくり時計は音を録りに行ったくらい好きなんだけど、あのBGMは「蒼い流れに」という曲、と説明がある。そのタイトルで検索したら岐阜市のサイトに行き着いて、作詞作曲は加藤登紀子さんであることがわかる。京阪モールの時計の写真では、時計の下にポスターが貼ってあって「モールクロックの異星人のニックネーム決まったョ~!ミューに決定!!」と書いてある。良い小ネタです。
私は全然知らなかったのだが、名古屋はからくり人形の文化が育ったこともあって、からくり時計の名所のようだ。確かに御園座や名古屋港水族館のは面白そう。本書では採りあげられていないが、大須の万松寺の、うつけ時代の織田信長が灰を投げるという何ともいえぬからくり時計も見てみたい。そういえば、幼稚園児の頃、名古屋のデパートのデジタル時計が(数字の時刻表示自体が)珍しくて、連れて行ってもらった時に喜んで見てたなあ。
知らないといえば、23ページにある刈谷中央図書館の時計。生まれた町で何度も通った道なのに。高すぎて見落としてたとしかいいようがない。
11月頃に実家へ帰る予定があるのだが、妻が名古屋周辺のガイドブックを見ながら「常滑にも寄ってみたいね」と言った。それなら中部国際空港(セントレア)にも寄ってみようと。
そのガイドブックはちょっと古く、セントレアが掲載されていないので、新しい名古屋周辺ガイドブックを探して本屋を渡り歩いたが、セントレアについてはほとんどのガイドブックで見開き2ページくらいしか載ってなくて、ちょっとびっくり。ううん、大丈夫ですよね?
1年経てば旅行先の人気もがらっと変わるのでしょうか。もうミッドランドスクエアかな?と思ってたら、こちらは今日オフィス棟の建物が完成したばかりらしい。
湯島聖堂に行ってみようと思った。
見崎鉄「さだまさしのために」を読んだら「孔子廟である」とあって「へぇ」と思ったこともあるが、同じ敷地に「神農」を祀った「神農廟」があると知って、非常に興味をそそられた。
神農とは、古代中国伝説上の、王とか神のような存在。民に農業を教えたとか、腹部が水晶でできていて中が見え、自ら草木を食べてどのような影響を与えるか示したとか、ある日70以上の毒にあたったが、茶の葉を食べたら解毒した、これが「茶」を服用した始まりであるとか、種々の伝説の持ち主である。詳細は検索して調べてくだされ。
さて私も先日原因不明の腸炎を起こし、3日くらい七転八倒、その後も身体に力が入らない日が続いた。2週間後に人間ドックを受け、胃の検査は内視鏡にしてもらった。胃の中は意外ときれいでちょっと安心。午前中に終わったので、その足で御茶ノ水に向かう。生まれて初めて体内を見た日に神農を見るとは何と良いタイミング。
聖橋から石段を降りていき、最初に大成殿を見る。平日の12時台。広場には人はおらず、広場の周囲の屋根のあるところで、数人の人が等間隔をおいて、静かに腰掛けている。建物と門を一緒に写真に撮ってみる。
大成殿から降りる石段は木々がうっそうと茂り、陽だまりは見当たらない。石段を降りて東に進む道には「カラスに注意。この辺は急いで通り抜けて下さい」という立て看板あり。檸檬を暫くみつめたり齧ったりする余裕はない。急いで通り抜ける間、左手に大きな孔子像を見かける。
そのまま門を出た。その北側に神農廟へ続く道があったのだが、門を閉められ、施錠されていた。残念。空腹にポカリスエットだけ流し込んで帰途につく。
中伊豆・西伊豆へ旅行に行って来ました。宿で「まっぷる たびまる伊豆」を読んでたら、p.131に「湯ッくりんぐ中伊豆」の記事を見つける。「伊豆市、大仁、伊豆長岡の指定日帰り温泉施設を、レンタサイクルを利用してめぐるスタンプラリー。」とのこと。レンタサイクルだけでも使えるかと問合せたらOKだったので、修善寺から伊豆長岡までのレンタサイクルを予約。レンタル料500円プラス(借りた場所と返す場所が異なるため)乗捨て料金500円。保証金1,000円は自転車返却後に返金される。
←これが、借りた自転車。予約時にどんな自転車があるか訊いたところ「修善寺なら、このようなタイプも置いてあります」との返事だったので、こういうのを置いてないサイクルステーションもあるかも。ちなみにこの自転車には「悪路は走行禁止」との注意書きが貼ってある。18段変速。
国道136号線は全く通らず、周囲の県道や裏道を走る。修善寺から大仁までは狩野川の左岸(東側)を通った(写真)。風が非常に強かったが快適。田京駅南側の広瀬神社の巨大なクスノキも印象に残る。田京駅を過ぎたところで一度道を間違えて、山の中へ入っていきそうになったが引き返す。
狩野川、国道136号線、伊豆箱根鉄道が並走するところを、もう一本並走する細道から撮影。
原木から伊豆長岡あたりまでの、伊豆箱根鉄道の車窓から見える田園風景はとても好きで、一度途中下車したかった。今回そのただ中に入れて大変うれしい。韮山駅まで田圃の中を北上、そこから西に進んで再び狩野川の堤防に達して、さっきと逆に南下、さくら公園を通って伊豆長岡駅に戻る。
こちらが「湯ッくりんぐ中伊豆」のサイト。
http://www.yukkuling.org/
サイト内で紹介されてる「伊豆長岡温泉悠々ルート」や「韮山歴史散策ルート」も良さそうですね。また機会があったら試してみます。
日本ではじめてのまち歩き博覧会
「長崎さるく博’06」
行きたい。街をほとんどそのまま博覧会場にして歩き回るなんて素晴らしい。
ガイドさんがいるプラン、自由に歩くプランを選べるのもいい。
昨日、都道府県会館で「ガイドブックダイジェスト版」をもらってきた。行ったことのない街なのに地図の路地をずっと目でたどるだけで楽しい。詳しい説明を記した「長崎さるくマップブック」は長崎市内でないと買えないらしい。うわぁうまい。
路面電車にも乗りたい。長崎駅前を通らない系統が4つのうち2つを占めるというのも、充実したネットワークを示してるような気がする。
実際行けるかどうかは、まだわからないけど。
朝日新聞2006年2月5日「泉麻人の東京版博物館」記事・「ロマンスカーのオルゴール」。
1972年8月24日の朝日新聞に「小田急・特急ロマンスカー(NSE車)のオルゴール(補助警報装置)が、「騒音公害源」との批判をあびて、この夏から、都内では聞かれないことになった」という記事があり、それについて泉氏がコメントしている。
http://mytown.asahi.com/tokyo/news.php?k_id=13000140602060001
東京の少年にとって、小田急のロマンスカーは憧(あこが)れの列車だった。僕が初めて乗ったのは、この写真と同じ二代目ロマンスカー(3100系NSE車)で、当時車内に入っていた「日東紅茶」のサービス(ウエートレスが紅茶を出してくれる)と、キンコン~の警笛の音がいまも印象に刻まれている。キンコン、と記事にはあるけれど、その音質は活字では表現しにくい独特なものだった。 (中略) 公害告発の時代……とあるのは、この時代世間をにぎわせていたカドミウムやPCB汚染騒動のニュースにたとえたのだろう。しかし時がたったいま、ロマンスカーのキンコン音は、物売りの声などと同じ“風情ある時代の音”に思われてくる。
私は当時、愛知県に住む小学生で、近所を名鉄パノラマカーが走っていた。駅に到着するときなどに鳴らす「ミュージックホーン」は、展望席やとスピードメーターとならんで、子供心を非常にわくわくさせるものだった。小田急の「オルゴール」は聞いたことはないが、当時持ってた本、山と渓谷社「カラー日本の私鉄 2・都市近郊編」には「ピーコポーン,とリズミカルな警報音を発しながら走ってくるから,遠くにいてもロマンスカーが来たな,とすぐわかる。」とあって、なんとなく音を想像していたことがある。どうやらこの音に関しては、小田急の方が名鉄より早く登場したみたいですね。
ま、とりあえず聴いてみよう、と、たどりついたのが、「Wひかり」様による「赤いひかり/座席特急の部屋」というサイトです。感謝です。
NSE車の補助警報音を聴く。確かにぴったりした形容がしにくい感じ。けっこう大きい音で、これを町中ずっと鳴らしてたら、やっぱりキツイかも。でも沿線の子供は喜ぶでしょうね。最新のVSE車ではこの音が復活し、新宿発車時などに鳴らされている、という情報も得ることができました。
ちなみに、ロマンスカーの音程は、キーがC。パノラマカーはA。
医師の日野原重明氏が「患者に語り掛ける時はドでなくて、ラの音程がいい」と言われたとか。あ、いや、関係ないですね。
拙稿 "雑誌「city & life」を読んだ 2"の続きです。
クルマが多すぎて、最もコンパクトシティに程遠い感じがする中京圏ですが、昨年夏に東区や西区の住宅街・商店街を歩いた時、初めてそれまでとは違う印象を受けました。それをもとに書いてみます。ですから、名古屋の本当の中心部、名駅・栄近辺などに関しては考慮しておりません。
第一住宅建設協会の「City & Life」誌、秋に買ったNo.77・75に続いて、No.73とNo78(最新号)を購入した。「コンパクトシティ」という概念による都市計画の事例を丹念に採りあげていて、非常に興味深く読んでいる。
以下、ちょっとメモ。
問題とされる事柄:
コンパクトシティの考え方を取る目的:
方法:
前にも書いたが、No.75(2005年3月発行)はオランダやフランスの、ある意味理想的な事例が載っている。ハウテンとか、本当に住みたくなっちゃうよ。
対してNo.73(2004年9月発行)とNo.78は、国内でコンパクトシティに基づく計画が進められている事例、あるいは歴史的にコンパクトな街を形成している事例が採りあげられている。中には少なからず苦戦しているケースも。No.73の表紙は、岐阜市内を走る名鉄770系の写真で、ちょうど取材時にこの路面電車の廃止が決定したとのこと。
ちょっと、また後で個人的な感想を書いてみます。名古屋関連。
<参考>オランダ・ハウテン探訪記(「ニックレーダー」ページより)
http://www.nic-nagoya.or.jp/nicradar/nicradar0202.htm
2001年に福井市で行われた「トランジットモール社会実験」のページhttp://www.city.fukui.fukui.jp/rekisi/tyusin/trans/frametop.html
グリグリさんの「都道府県市区町村」というサイトが面白い。
その中に「経県」というページがあって、自分の全国47都道府県での「経験値(経県値)」を測れる。単純だけど奥深い。
私の生涯経県マップはこんなふう。九州北部がほとんど未体験。長崎県のみ未踏というのは、さだまさしファンだったこともある者としていかがなものか。佐賀県も鳥栖を電車で通過しただけだし。
で、こちらが私の2005年経県マップ。5都県にしか居なかったとは!東京都に住みながら千葉県に全く行かなかったというのは、マリーンズファンだったこともある者としていかがなものか。静岡県も新幹線で通過しただけだし。
もうひとつ、勝手に基準を作ったんだけど、私の「バス」経県マップ。家から普通にバスを使ってたら5,バスに乗って行って泊ったことがあるなら4…てな具合に。
栃木県・石川県・奈良県は修学旅行。香川県は小豆島。滋賀県は多賀SA。
名古屋建築会議の武藤隆さんのblogにて、「どんぐりひろばプロジェクト」が「city & life」という雑誌に掲載されたとの情報を得る。発行元の(財)第一住宅建設協会に問合わせたら、書店では扱っていないとのことで、直接注文した。
どんぐりひろばが紹介されているのはNO.77(2005年9月発行)。「特集:公共空間、新たな視点」内の「写真ルポ:コモンの風景…公共空間を探しに行こう!」という記事で、特色ある事例として紹介されている10件のうちの1つが、どんぐりひろばである。他には京都の法念院や東京のMARUNOUCHI CAFE、名古屋のノリタケの森など。空き地をほぼそのままオープンスペースの形で提供してる事例もいくつか。東京都練馬区で、「けんか広場」という原っぱの存続のために地域住民有志が展開した運動の話は感動的だ。
インタビューをはじめとして文章量は多いが、公共空間というテーマにしぼって書かれているので、とても読みやすい。特に町村敬志という人の「鈍さの公共空間」という記事には、個人的に共感できるところが多かった。A4で40ページとコンパクトなのも、電車の中で読めるし気に入っている。これで500円は安い。余計な広告とか一切ないし。
NO.75(2005年3月発行;特集:マルチモーダルが都市を楽しくする[ヨーロッパ編])も一緒に買った。オランダやフランスの、自転車やトラム(路面電車)などを地域の足として活用した街を採りあげているが、写真を見ているだけで楽しい。表紙からして、前に2人用シートを設置した2輪自転車に、お母さんと子供3人が乗っている写真だ(後ろの荷台にもう1人)。これから記事を読むのが楽しみ。
いろいろどんぐりひろばを回って、#150小鳩というところがいちばん気に入った。緑がいっぱいで、手入れも行き届いている点に加えて、「広場端の土地を隣の建物工事の足場設営に使う業者」へ名古屋市長が出した「行政財産使用許可証」が貼ってあったということもある。律儀だなあ、と思って。
大通りから中に入った住宅街を歩くのはとても気持ちよかった。道は広くて歩きやすい。お寺の近くは線香のにおいが漂う。道端に屋根神さまがあり、門前に塩を盛ってある家も。自転車がすいすい走っているが、通り抜けの自動車はあまりない。名古屋駅から1kmくらい離れたところにこんな街があるとは知らなかった。
中に入った道の交通量が少ないのは、幹線道路がとてつもなく広く、密度もあり、車にとって走りやすいおかげと考えた。写真は土曜日午前11時過ぎの桜通( この地下にある高岳駅のホームもとても広い)。幹線道路の歩道もとても広くてよい。ただ、歩行者として横断する時はあまりの広さに身構えてしまう。道を渡るというより、グランドに引かれた横断歩道というレーンを縦断するという感じ。携帯がポケットに入ってるせいで、ちゃんと走れずもどかしい。…あ、本気で走ろうと思ってしまった。いま通勤してる時、通行人の誰よりもせかせか歩く自分であるが、案外、小さいときからこういう横断歩道を渡るときの気分が今も続いているのかもしれない。
ま、こういう道ですから、地下鉄の出口を間違えて反対側に出るとツライです。出口の案内はシツコイくらいに表示していただけるとありがたいです。あと、方角とかも。
以下、つらつらと撮った写真でも。
9月10日、名古屋各地のどんぐりひろばをぶらぶら歩いて回ってきました。勝手に一人で計画して一人で実行しました。市政資料館に着いたら弟(ふるかはひでたか)がいたので、いろいろと見どころを教えてもらいました。暑かったけど本当に楽しかった。「どんぐりひろば写真一覧」の冬の写真と比べて、どこも緑がいっぱい。とくに#054高岳町とか。
全部で24のどんぐりひろばを回りました。○タイムテーブル(pdfファイル)
さしあたり、携帯で撮った写真を、以下にずらずらと。
後で紹介するFabrice Blocteur氏の交点到達報告を読むまで私も全く知らなかったが、日本の基準(測地系)による緯度経度表示と、世界基準(測地系)によるそれとは、8秒(8/3600度)~15秒くらいの誤差があるそうな。距離にして東京近辺では450mとのこと。
国土地理院「世界測地系移行の概要」ページ
http://www.gsi.go.jp/LAW/G2000/g2000.htm
測量法において「測量の基準」が、日本測地系から世界測地系に改正されたのは2002年4月1日。現在交点プロジェクトで対象となっているのももちろん世界測地系の緯度経度である。だから、実家の近くで私も一度探してみた交点も、何気ない家庭に3年前、突如北緯35度東経137度交点が降って湧いたところ、ということになる。
さて、徳島県の北緯34度東経134度地点で、2つの測量系の違いによる悲劇が起こったらしい。
1.昨年8月、Nathan Hirsch, Francis Hirsch両氏による北緯34度,東経134度地点への到達報告。「ゆめりあ34」と書いてある標柱を紹介している。当blogもこの報告を紹介し「どうして今まで誰も交点ハンターが来なかったんだろう」と書いた。
http://www.confluence.org/confluence.php?visitid=9015
2. 今年6月、Fabrice Blocteur氏による、世界測地系基準の北緯34度,東経134度地点への到達報告。Hirsch氏らの到達地点へ疑問を持った経緯なども詳細に記されている。
http://www.confluence.org/confluence.php?visitid=10767
何らかの理由でHirsch氏らの持っていたGPSは日本測地系の緯度経度を表示したらしい。このため彼らの交点到達はincomplete、というジャッジが下されてしまった。英文中の"'wrong' confluence"を、和訳では"「別の」交流点"としているが、確かに「誤った」と言ってしまうには気の毒な話だ。
久々に国土地理院の地図を買って、見てみた。
写真は「溝口」2万5千分の1地形図の左上角部分。日本測地系(北緯35度40分、東経139度30分)と世界測地系(北緯35度40分11秒6、東経139度29分48秒4)が併記されている。右に書いてある30'、下にある40'の線は世界測地系。
東海地方の人の何がうらやましいって、愛知万博情報がこれでもかと入ることですよ。実家でみんなが「毎朝、全部の民放TV局が万博情報やっとるよ」と言うんです。本当だ。行かなくたって見れるんじゃないですか。実は関東にいると、あそこで何をやってるか、皆目見当がつかないのです。大げさに言えば、クソ暑いなか何やら人が並んでるらしい、くらいの認識。私も行ってみて、事前の準備不足を痛感しました。「ぴあMAPハンディ」一冊ですべてわかろうとするにはあまりに深い世界ですよ。まさに徒手空拳で(いや、道中コインロッカーがなくて、実家へのみやげ袋とデイパックで両手がふさがって入場チェックでひいこら言いながら)会場に足を踏み入れました。8月5日13時20分過ぎ。EXPOシャトルとリニモは空いてました。
とにかく腹がへってたので、入場早々近くの店に駆け込んで味噌カツドッグとタコヤキで腹ごしらえ。もうこの時点で不勉強を露呈、会場内のうまいものを探す権利をみすみす放棄したようなもの。でもグローバルコモン1を徘徊したら、イラン館では角砂糖付きの紅茶をいただき、モンゴル館ではまろやかな岩塩をなめて楽しむことができた。
写真はインド館 。涼しくてゆったりできて、思わずしばらくすわりこんでしまった。
次はとりあえずふらふらと「愛・地球広場」へ。広場にいる人が前面の大画面に映し出され、動きに合わせて画像に模様がついたり、ぐるんとゆがんだりしている。長久手愛知県館で知多市の神楽を見る。並ばなくても見れるものを次々見ていくうちに、フランス館とドイツ館の前に来る。
さすがにこの辺りは行列は避けては通れないようだ。しかしドイツ・フランス・スペイン館を後回しにして(←結局見損ねた)、他のものを見る。チュニジア館はよかった。ラクダの皮と陶器でできた、でんでん太鼓を購入。20分くらい並んだがクロアチア館は最高だった。ここだけは本当に並んだかいがあった。まあ見てみてください。
西に進路を変えて、アフリカ共同館にいく。独特のゆるい雰囲気がよい。セネガルのブースで、ユッスー・ンドゥールのライブビデオを放映していた。
コモン6を経て、日本ゾーンに行く。東京都のヘブン・アーティストが大道芸を披露していた。すでにこの時点で、入場してから4時間経過している。くたくた。万博に通いつめてる人はかなりの健脚に違いない。長久手日本館や大地の塔はあきらめる。企業パビリオンも今日はいい。どこか最後に楽に行けるところはないかと探したら、ひとつあった。
無料のモリゾーゴンドラ、待ち時間なしで乗れた。さっき乗ったリニモと自動車道を越えると、ヒグラシが聴こえてきた。このあたりでヒグラシは珍しいのではないか。瀬戸会場でなんとなく過ごして、18時ちょっと過ぎのEXPOシャトルで帰途につく。ちょっと予定より早めだったがこれが幸い、新守山辺りですごい雨が降り、金山駅についたら「中央線が集中豪雨で運転見合わせ」と掲示されていた。
まだ半分しか見てないよう。また行きまする。
旅行記第2回は、私の出身地「刈谷」です。
中学・高校時代、よく自転車を乗り回した。中でも自分で見つけた刈谷市縦断コースはお気に入りだった。市の最北端・小堤西池(かきつばた群落)から-洲原公園-岩ケ池-一里山町(←2006.01.16、「一ツ木町」を訂正)伐払まで南下、一ツ木大橋まで西進。あとは逢妻川-境川の堤防をずっと通って衣崎町まで、という約20kmのコースである。岩ヶ池近辺へ南から北上すると、広大な田畑が目の前に開け、岩ヶ池を囲む森が遠くに見えた。その風景が好きだった。
最近このあたりに伊勢湾岸自動車道が開通し、刈谷ハイウェイオアシスという施設もできたという話を聞いて気になったのが、その風景がどうなったか。ということだった。今回そのコースを約20年ぶりにたどって、昔の記憶とリンクさせてみた。一ツ木大橋から北に向かい、岩ヶ池を通り、刈谷ハイウェイオアシスに行ってみる。ちなみに徒歩。
2.県道を渡って東に行くと、こんな感じで平地に小さい森があったりする。この辺はまったく昔と変わっていない。
3.東境町の住宅地の中にある竜ヶ根池。水辺が整備され、きれいになっていた。
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4.見えたのは高速道路だった。昔は、平気で人が入れる森だったのだが。
昔は、森の横に岩ヶ池の南から入れる道があった。それが見つけられず、西へ西へと流される。あるところで高速をくぐり、横の階段を上り、ようやく岩ヶ池にたどり着いた。
6.岩ヶ池。ハイウェイオアシスの観覧車と、画面左手の橋を除けば、私の知ってる池の風景だった。高速を通過する車の音が聞こえるが、耳障りなほどの音量ではない。意外だ。2人の若者が釣りをしていた。
7.昔自転車で走った、池の南からの道は行き止まりだった。高速の壁がでーんとそびえているわけでもなく、自然な感じで道が終わっていた。
8.新しくできた橋の方へ行ってみる。「オアシス橋」というらしい。ここからでも岩ヶ池が見えるが、池に背を向けた側にしか、歩道がない。
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9. 10.刈谷ハイウェイオアシス。パーキングエリアに設けられた商業施設・娯楽施設です。一般道からも行けるのが画期的。おみやげに「かりやかきつばたの詩」という菓子を買う。今まで知らなかった菓子である。岐阜県清見村の「飛騨牛ビーフカレー」のレトルトも買った。これ、うまかった。トイレがきれいらしいが、うっかりしてて行くのを忘れた。
11.で、観覧車に乗って岩ヶ池を見てみる。池の南の森は、半分以上駐車場になってます。でも、逆に言えば、写真6で見たように、岩ヶ池の「景観」としては、不思議なほど注意深く残ってる感じもする。
旅行記書きます。テーマは「名古屋(主にどんぐり探訪記)」「刈谷(主にオアシス探訪記)」「万博」の3つです。今回は「名古屋」。
「知られざる名古屋」でなくて「知らざる名古屋」です。愛知県に生まれながら、私はほとんど名古屋の街を知りません。中日ファンでありながら、ナゴヤドームの実物を外からさえ見たことないのです。最近ひょんなきっかけで「どんぐりひろば」プロジェクトの存在を知り、HPを見てみたらとても面白かったので、私も、2年ぶりのんびり帰省したのを機会に、ちょっとその「どんぐりひろば」を見つけようと歩いてみました。そしたら、今まで知ってるところもえらく変化しててびっくりもしました。
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8月5日名古屋着。桜通線のホームにて。地下鉄の駅番号表示が興味深い。自分自身の駅番号(ここではS02)と乗換え先の路線に対応した駅番号(H08)が、並立して書かれてます。親切。写真右は下車した市役所駅で撮ったもの。よく見えませんが「名城線左回り」と書いてあります。英語表記はCOUNTERCLOCKWISE。だったっけ。
地上に上がると、草むした名古屋城のお堀の跡が見えました。以前ここを電車が走っていたとは!
「どんぐりひろばプロジェクト・リサーチ編」の展示が行われている名古屋市市政資料館へ向かう途中、早くもどんぐりひろばNO.71に遭遇しました。記念すべきどんぐりデビューです。
市政資料館の展示を見ました。全部のどんぐり広場の調査を1枚1枚紙として張り出してあります。大変な労作と思われます。床一面にあるのは、名古屋市の地図にどんぐり広場をプロットしたものです。この図をみた瞬間ですね。「ああオレは名古屋を知らんなあ」と実感したのは。
市政資料館を出た後、私もちょっと探してみました。名鉄瀬戸線清水駅に歩いて行くまでの間と、翌々日、帰り際の金山駅周辺です。
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左からNo.59(サラリーマンが携帯で商談しながら横切っていった)、No.97(最近閉鎖されたとの情報。たちまち草に覆われていた)、No.265(常連とおぼしきおじさんが入ってきたので、少し離れて撮ってみた…って、離れすぎや!)
金山といえば、知らぬ間に駅の北側が大きな変貌を遂げててびっくり。「アスナル金山」という商業施設だそうです。ここにも黄色い柵があったので撮ってみました。
まあ、こんなところです。どんぐりひろばプロジェクト、9月の展示も見に行きたいと思います。
22日から愛知万博で、ヨーヨーマとシルクロードアンサンブルがコンサートをやってます。ちょっと都合が合わずに行けなくて残念。「きすけ223の足の向くまま気の向くまま」様のこちらの記事によれば、「応募総数が30万通らしい」とのこと。こりゃ、もともと望みがなかったのだ。現在、8月上旬の万博行きに向け情報収集中。「どんぐりひろばプロジェクト」の市政資料館などにも行くつもり。
昨日は、同じ部屋で妻と子供がうとうとしてて、僕がパソコンでピンボール「Golden Logres」をやってたら、けっこうすごい地震がありました。ということで、行かなくてよかった部分もあります。
月刊誌「散歩の達人」2005年7月号は「麗しき多摩丘陵ライフ」。多摩地域に住んでいることもあって、初めて買ってみる。
いちばん印象的なのはp79「緑のワンダーランド・多摩ニュータウンを往く」。筆者が自ら言われる通り、残念な仕上がりではあります。
(前略)…確かに高齢者は多いけど、皆さんまるで魔法のように足腰丈夫だし、
まるごとテーマパークのようだなあ…(中略)しかし、しかしである。ニュータウンはあまりに広すぎ、地形も道も複雑だった。何日も足を棒にしたが、全容がつかめない。正直、途方にくれた。しようがない。「散歩の達人」を返上、炭焼き遊び人を称する祐乗坊さんに泣きついた。「ははは、そんな生半可な取材じゃわかりませんよ。(後略)
というわけで、何やらすごそうな多摩ニュータウンの魅力が特集最後の2.5ページにちまちまと凝縮されてるのですが、こういう「不十分なことが明白な情報」を見ると、却って行ってみたくなるから面白いものです。
対照的に、特集の最初にある、東急田園都市線・小田急線・京王線の各沿線のイメージを比較した記事が「そんなの見りゃわかるだろ」てな感じで面白くない。いや、写真はいいんですよ。「夢」とか「ゆるい」とか、同じ言葉を何度も使って、ひたすらイメージを固定させるために書いてあるかのような文章に違和感あるんです。
とにかく全体的に、面白いのもつまらないのも含めてすごい文章量だと思います。その分を、少しでも地図に使うスペースに回してくれたら、もう少し読みやすくなりはしないか……と思ったら、
p.36「多摩丘陵徒歩ハイウェイ」という、丘陵の尾根筋を縦走する記事(とても面白い)に、こうありました。
私自身、道なき道を行ったりしてルートファインディングが楽しかった。この地図ならあなたから道探しの楽しみを奪わない。
……わざとでしたか。
日比谷シティでやってた、「GERMAN FEST 2005」に立ち寄ってみました。
グッズの売場でちょっと買物したら、
おまけをもらえました。「お子さんはいますか」と訊かれ、いると答えたら、写真のようなぬいぐるみをもらえたのです。
Janoschという作家による絵本のキャラクターで、名前は「Tigerente(トラアヒル)」。店員さんによると、ドイツで知らない人はいないほど有名なんだそうです。
刈谷の玄関口といえる、刈谷駅前です。先々週帰省した折りに撮りました。
実は写真正面のビル、去年の3月までは本屋があったのです。欲しい本が成長に応じて、目の高さに並んでいたというくらい、役に立つ本屋でした。ゲーセンも無くなってますね。ここは昔からそうで、駅前で食べ物買って帰った記憶もないし、家族で中華料理食べた他はレストランにも入ったことがないです。岡崎の友達も、この何にもなさには驚くことが多かったです(私の高校時代の楽しみは、自転車で20km~30kmとあちこち走り回ることでした)。
駅前の街に人が大勢たたずむのを見たことがありません。こないだも、誰もいない駅前広場に、ぽつんとセントレア行きのバスが停まっていました。
遠方からこの駅前の街に常駐して、仕事をしている知人がいます。楽しみは多くなく、外食ばかり食べてて苦戦しているようです。彼に教えてあげられる店も無くて申し訳ない。しかしただ一つ言えるのは、手軽な移動手段を持てば状況が変わりうるということ。御存知のようにこの地域の人はもっぱらクルマで移動しており、店は道路沿いに展開しているのです。
玄関口は玄関口であって居間ではない。もともと腰を落ち着ける場ではないと考えるのがよいでしょう。
「交点プロジェクト」に興味を持って当blogに最初に書いた記事は、2004年8月5日のこれだった。そもそもなぜ興味を持ったかといえば、私の実家の近くに北緯35度線と東経137度線が走ってるのを、中学生の時から知っていたからである。ただ、交点とされた場所が地図によってまちまちで、正確な場所は知らなかった。もちろんGPSも当時は存在しない。
それから20年以上経った先週末、久々の帰省を機会に私もこの交点に行ってみようと思い、自転車を借りて探索した。
本年もよろしくお願い致します。
東武竹沢駅から歩いて、八高線竹沢駅へふらりと行ってみました。聞いてたとおり、待合室は本棚で壁が埋めつくされてた。着いたのが発車2分前で残念。のんびりした駅員さんに慌ただしく無札証明もらって高麗川行きに乗り込んだ。
1日平均の乗車人員が35人の有人駅として、前から興味がありました。
1987年10月12日から25日にかけて、京都の下宿から岐阜-名古屋を通り、奥三河をぐるっとまわって渥美半島の先から鳥羽に渡り、草津線沿いから京都に戻る、という正味9日間(途中自転車を駅に停めて電車で実家に帰ったりしており、日程はとびとび)の自転車旅行をやった。その5日目の記録にはこう書いてある。
19日:稲武町→津具村→豊根村→東栄町(引田から豊鉄バスで設楽町田口へ。泊)
雨の中、面ノ木峠を越えて豊根村まで東進、国道151号線を南下。途中振草中学跡地の木造校舎(高校の時合宿したことがあった)を見に立寄る。そのあと現在の国道473号線に入り、何とか峠を越えて設楽町に入ろうとしたが、日が暮れてしまい断念。山道の脇に自転車を停め、たまたま来たバスに乗って着いた田口という町で宿をとった。翌日は晴れ、バスで戻ったら自転車は無事。峠を越えた後はだいたい下りで、静岡県三ケ日町まで行った。
東栄町と設楽町を結ぶ豊橋鉄道バスは2001年に両町営バスに移管、分離されてしまったようだ。あの時偶然私が乗った引田から先が無くなっている。奥三河って、今はどんな感じになってるのだろう。
交点ハンターネタです。
前にちょっと書いた、北緯35度、東経140度地点に到達された方が現われました。
9月26日、 Fabrice Blocteurさんによる報告。旅行記としても、とても素晴らしい。うらやましい。View to the eastの写真、古野電気の魚群探知機の向こうに、海は何千km続くのでしょう。太平洋の端の端の風景を、存分に楽しませていただきました。
「007は二度死ぬ」って、日本が舞台だったんだ。んで原題を直訳すると「おまえは2度生きるのみ」。へえ。
交点ハンターネタです。confluence.orgに、日本の新たな交点の到達記録が掲載されました。鹿児島県の近海にある北緯31度、東経131度地点の到達報告。Sho.SさんとYamazaki船長による日本語の報告と、その英訳が掲載されています。
海流に流されて静止できないなど、海上なりの苦労もあるようですね。大隅半島を大隈と書かれてますが、日本語入力では「おおすみ」で大隈とも変換されるので、どっちが正しいか不安になってきました。でも英訳文のOokumaとDaihaku(大泊)は、Osumi,Odomariが正しいようです。
ところで、環日本海諸国図という地図があります。日本海を中心に配置し、向きを左にくるっと回した地図ですが、これを見てると、通常日本で"地の果て"とか言ってる地域が、実は順々に島をつたっていけば大陸とつながって"果て"では無い。その一方で自分の住む関東近辺が、左右からの人の流れがぶつかって行き詰まり、眼前にただただ広い海がある、むしろここが最果てではないかという感覚さえ覚えます。
そういう意味で最近気になっている交点が、房総半島の近海にある北緯35度、東経140度地点。未到達。5度単位の交点というのも魅力ですが、この地点に来て環日本海諸国図を広げると、めちゃくちゃ広い海の端の端に、ぽちゃんと足先だけ漬けてみました、という感覚を味わえるのではないか、と思えるのです。行かないけどね。
7月21日にNHKニュース10で「交点ハンター」を見て以来ちょくちょく、交点プロジェクトのサイトを見てたら、8月3日に、日本国内の交点の新たな到達報告がありました。徳島県にある北緯34度、東経134度地点。Nathan Hirsch,Francis Hirsch両氏より。四国の陸地にある最後の交点への到達です。
The Zen Confluenceと題された写真が何か笑えます。標柱の配置は見方によれば禅でしょうが、書いてある日本語がわからない。
何故そう書いてあるのかともう少し調べたら、ここって北緯34度、東経134度であることを記念した公園じゃないですか。どうして今まで誰も交点ハンターが来なかったのだろう。…くどいようだが、どうして「ゆめりあ」という名前なのだろう。
名鉄のホームページの通販で、復刻版(1914年)の三河鉄道(現・名鉄三河線)時刻表を購入。復刻版の発行は名鉄資料館。
当時の三河鉄道株式会社は刈谷町にあった。路線図はシンプルなもので、西三河の概略図に刈谷から大浜まで(現在のJR線のような模様の)線で表してある。大浜から平坂、一色、吉田、形原、蒲郡へ、また刈谷から知立、若林、挙母へと、未成線を示す線が引いてある。
列車は1日10往復、刈谷新駅から大浜港駅まで所要時間は48~56分。運賃は25銭(通行税含む)。吉浜で上り列車と下り列車が行き違う。
刈谷新駅で東海道線刈谷駅と連絡しているため、東海道線の時刻表も掲載されている。これがなんと、主要駅のみながら新橋から神戸まで載ってるのだ。朝5:00神戸発の普通列車が刈谷発12:36、新橋着23:30といった具合。刈谷を通過するが特急も書いてあり、下りは新橋8:30名古屋16:14大坂20:33神戸21:22。刈谷駅に停まる列車は1日下り9本、上り10本。新橋始発米原経由直江津行きという列車もある。
大浜の醸造元、角谷兵右衛門さん、割烹御旅館の海月海水浴(クラゲ海水浴?)さん、高浜の三河土管株式会社さん、刈谷の御休息人力仕立杉野清次郎さんなど、沿線の28の業者が広告を出している。
JR東日本の「乗車人員ベスト100(2003年度)」というページを見ました。リンクを先に進むと、JR東日本エリア内のすべての有人駅の乗車人員数が多い順に掲載されてて、けっこう面白いです。「あきた白神(7、以下、1日平均乗車人員数をカッコで示す)」駅を始めとして、最終ページに乗っている駅は、ほとんど知らない駅です。自分が降りたことがある駅で、いちばん乗車人員が少ないのは「ほっとゆだ(184)」。でもこれだって、「秋田リレー号」が走ってた時だもんな。何回か通過したという駅でも「冠着(69)」くらいです。関東に住んで12年以上になるけど、昔さんざんやったような貧乏旅行を全然してないと痛感する次第です。それにしても、「安中榛名(161)」って、新幹線が停まるのに…。
ちなみに、このBlogの1日平均アクセス数は「羽後四ツ屋」という駅の乗車人員と同じくらいです。駅員になって、ひがないちにち、29人が来るのを待ってる自分を想像してしまいました。
大涌谷は視界もほとんどないほどの風雨と霧。ちょうど1年前行った那須の殺生石みたいに、硫黄臭漂う荒涼たる景色らしいがいかんせん見えず。ここでも那須同様、ウグイスが一羽、けたたましいほどの鳴き声をたてていた。
湿生花園に着く頃やっと雨が上がる。ここではシュレーゲルアオガエルが元気に鳴いている。
こちらは湿生花園のカキツバタ。
廃棄しようとしてたロッカーについてたので、撮ってみました。妙に色がよく残ってます。

4歳の時に行きましたよ。生涯初の旅行でした。
入場時に付けたチューリップのマークの迷子札が何か気に入ったのを覚えています。当時はめったに見られなかった、会場内の巨大なデジタル時計も、数字大好き幼児には強烈な印象でした。
名鉄三河線とデンキブランの縁。
http://www.town.isshiki.aichi.jp/02osirase/PDF/PDF200308/p05.pdf
愛知県幡豆郡一色町「一色ふれあい広報」2003年8月号より
地元の方の三河線への思いが伝わってくる特集で、感銘を受けました。
松木島駅で降りたことがあったかどうか、記憶が不確かなのだ。一度確かめてみたかったが、それはもうかないそうにない。
…確かな記憶の話をする。小学校4年だった。
まだ知立や名古屋から直通の電車が走っていたころ、愛知こどもの国への遠足で利用した。
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